清水もつカレー総研事務局・清水ブランド大作戦事務局
リビングハウスこまつ
清水区真砂町3-9 ℡054-366-2335 fax366-4572
リビングハウスこまつ
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2012年01月22日
清水おもしろマップまち歩き
第一回講座の「おもしろ清水まちマップを歩いてみよう」が開催されました。
昨年10月の事業提案から、ようやく実施にたどり着きました。
おもしろ清水探検隊のメンバーと
企画会議から実地調査、リハーサルと重ねてきましたが、募集開始からほどなく満員になり、人気の講座となりました。
企画運営の事務局としてもうれしい限りです。

2班に分かれて、時計回り・反時計回りとそれぞれ出発。
江尻生涯学習交流館から、小芝八幡宮の南の道を行く。
この道が江尻城の濠のあと。微妙な曲がり具合がそれっぽい。
ブラタモリの清水版!
その道を脱け、「めだか屋」へ
昨年8月子どもたちの居場所を!と言うことで昨年8月4日にオープン。
駄菓子屋経験世代に、なんとメッセージ入りのプレゼント。

つぎに、江尻城の本丸があったという場所を見て、魚町稲荷神社へ。

小芝城址の石碑や少年サッカー発祥の地の石碑(サッカーボール)。
先代の稚児橋の「ちご渡し」とかかれた親柱(おやばしら)、国土地理院が高さをはかる時基準点とする一等水準点などがある。
巴川側を見ると、まっすぐにする前、昔の巴川の地形が一段はっきりと下がっているのがわかる。
これも清水版ブラタモリ。
江尻宿に入り、本陣跡から、家康がとおったという路地を抜け、アンケートでも人気があった江浄寺へ。
江浄寺へは何度もいっていて、家康の長男で21歳で切腹させられた岡崎三郎信康の供養塔、松浦藩主の弟の悲恋の逸話にまつわる「恋塚」
しかし今回ご住職から聞いて驚いたのがこの観音様。

なんと、高村光雲作で鋳造したのは、上野の西郷隆盛、皇居前広場の楠木正成を造った人だという。
そして明治の元勲井上馨公が、建立供養を発願したものとある。
時々東京の人がお参りに来るが、清水の人は知らないとご住職がいう。
そんな慈母観音様なのだ。
こどもを抱いたお姿は美しい。見落としていた、不覚であった。

歩くたびに新しい発見があるが、こうして地元の人のお話をきくのがまたおもしろい。
旧東海道にでて、鋳物師町といわれた場所の望半商店。
お菓子材料の卸問屋さんだが、昔ながらのはかりを使って量り売りもしてくれる。
そのご主人のここらあたりの昔話。
すぐそこに海があり、家で裸になって泳ぎに行ったとか、小芝神社の朝の太鼓の音、駅の蒸気機関車の動き出す音、踏切のちんちんという音、漁船が帰ってくる音も大漁の時はその音も違ってわかる、こんな昔の情景を彷彿とさせる話をしてくれる。
鋳物師町らしく、この家の場所は「釜屋」だった。地面を掘ると金くそ(鉄を鍛えるときに落ちるくず)が出てくると言う話もおもしろい。
このお宅の並びの角がの家が「芹沢鍛冶屋」だった店。裏の駐車場には万力、金敷等が残る。
その角を曲がるとこの東海道から来た街道へつなぐ道。
この道沿いにも、焼き芋、ひみつにしておきたかったという魚やさん。
これらは第3回講座「おもしろ清水つまみ食いツアー」のお楽しみ。

途中で降り出した雨で寒かった中、交流館に帰ると、お汁粉のサービス。
これで皆さんホット一息。
楽しんでいただけたと思います。
静岡新聞にも取り上げていただきました。

昨年10月の事業提案から、ようやく実施にたどり着きました。
おもしろ清水探検隊のメンバーと
企画会議から実地調査、リハーサルと重ねてきましたが、募集開始からほどなく満員になり、人気の講座となりました。
企画運営の事務局としてもうれしい限りです。
2班に分かれて、時計回り・反時計回りとそれぞれ出発。
江尻生涯学習交流館から、小芝八幡宮の南の道を行く。
この道が江尻城の濠のあと。微妙な曲がり具合がそれっぽい。
ブラタモリの清水版!
その道を脱け、「めだか屋」へ
昨年8月子どもたちの居場所を!と言うことで昨年8月4日にオープン。
駄菓子屋経験世代に、なんとメッセージ入りのプレゼント。
つぎに、江尻城の本丸があったという場所を見て、魚町稲荷神社へ。
小芝城址の石碑や少年サッカー発祥の地の石碑(サッカーボール)。
先代の稚児橋の「ちご渡し」とかかれた親柱(おやばしら)、国土地理院が高さをはかる時基準点とする一等水準点などがある。
巴川側を見ると、まっすぐにする前、昔の巴川の地形が一段はっきりと下がっているのがわかる。
これも清水版ブラタモリ。
江尻宿に入り、本陣跡から、家康がとおったという路地を抜け、アンケートでも人気があった江浄寺へ。
江浄寺へは何度もいっていて、家康の長男で21歳で切腹させられた岡崎三郎信康の供養塔、松浦藩主の弟の悲恋の逸話にまつわる「恋塚」
しかし今回ご住職から聞いて驚いたのがこの観音様。
なんと、高村光雲作で鋳造したのは、上野の西郷隆盛、皇居前広場の楠木正成を造った人だという。
そして明治の元勲井上馨公が、建立供養を発願したものとある。
時々東京の人がお参りに来るが、清水の人は知らないとご住職がいう。
そんな慈母観音様なのだ。
こどもを抱いたお姿は美しい。見落としていた、不覚であった。
歩くたびに新しい発見があるが、こうして地元の人のお話をきくのがまたおもしろい。
旧東海道にでて、鋳物師町といわれた場所の望半商店。
お菓子材料の卸問屋さんだが、昔ながらのはかりを使って量り売りもしてくれる。
そのご主人のここらあたりの昔話。
すぐそこに海があり、家で裸になって泳ぎに行ったとか、小芝神社の朝の太鼓の音、駅の蒸気機関車の動き出す音、踏切のちんちんという音、漁船が帰ってくる音も大漁の時はその音も違ってわかる、こんな昔の情景を彷彿とさせる話をしてくれる。
鋳物師町らしく、この家の場所は「釜屋」だった。地面を掘ると金くそ(鉄を鍛えるときに落ちるくず)が出てくると言う話もおもしろい。
このお宅の並びの角がの家が「芹沢鍛冶屋」だった店。裏の駐車場には万力、金敷等が残る。
その角を曲がるとこの東海道から来た街道へつなぐ道。
この道沿いにも、焼き芋、ひみつにしておきたかったという魚やさん。
これらは第3回講座「おもしろ清水つまみ食いツアー」のお楽しみ。
途中で降り出した雨で寒かった中、交流館に帰ると、お汁粉のサービス。
これで皆さんホット一息。
楽しんでいただけたと思います。
静岡新聞にも取り上げていただきました。

2012年01月14日
清水もつカレーほろ酔いツアー

お待たせしました。
3年ぶりに「静鉄電車で行く!清水もつカレーほろ酔いツアー」を行います。
前回アンケートでは24名の回答中
22名が「すごく楽しかった」と答え、残り2名が「まあまあ」と答え
楽しさ度100%
ほろ酔いツアーはただの、グルメツアーではない。
合コンみたいな、お相手目当てというのでもない。
ただのはしご酒とも違う。
老若男女誰でもが、また一人で参加しても、グループの中で全く見知らぬ人と仲良くなって楽しく過ごせる。
こんな秘密があるのです。
前回は巴町・清水銀座界隈でしたが、
今回は、もつカレー発祥の「清水グルメ通り」の人気店3店!
お申し込みはお早めに!
前回の様子
注:今回と内容は異なります。
2012年01月06日
のりしろ、すき間
お正月に読もうと借りた本を、ようやく読み始めた。
期せずして、2冊の本が同様なことをいっている。
一人は「すき間」といい、ある人は「のりしろ」と言った。
たとえば商店街や、路地や横丁、小さな商店、少し前ならお寺の境内、そして縁側など。
人と人とが出会い、話し、まじわる、人々を結びつける空間。
それが「のりしろ」
今のショッピングセンターには「すき間」がない。
パッケージ型といって、一度その中に誘い込んだら、
そのなかで買い物して帰りなさい
という造りになっていて、外との接触は一切ない。
それに対して「都市」とは「街」とはパッサージュ(街路)型であるべきで、
百貨店に寄り、専門店に寄り、小さな店にも立ち寄れる。
アーバンラビリンス(迷宮としての街)、
小さなすき間をとおしていろんなものに出会う。
パッケージ型になると、街の文化が衰退する、という。
たしかに大手流通資本の大型店に集約され、その資本の論理のもとに働く人ばかり、ということになれば世の中面白くない。
そこへいくと、商店街はすき間だらけで、のりしろだらけで、面白い。
(絶滅危惧種だけどね)
しかし、ものを買ってため込んで、いかに捨てるかがブームになっているが、もう時代も変わりその先には、銀座でもの買うよりも、居酒屋で知らない人と時をすごす、人とのつながりを重視する、こういう考えが出てきたという。
だったら商店街もチャンスはある。
静大生の中心市街地の活性化論文で、新・隣人祭り、社会関係資本を創り出すことこそがその鍵だとあったが、商店街の人がいかにそれに気づくかだと思います。
参考文献 無印ニッポン 堤清二・三浦展著 中公新書
おたがいさま 森まゆみ著 ポプラ社
期せずして、2冊の本が同様なことをいっている。
一人は「すき間」といい、ある人は「のりしろ」と言った。
たとえば商店街や、路地や横丁、小さな商店、少し前ならお寺の境内、そして縁側など。
人と人とが出会い、話し、まじわる、人々を結びつける空間。
それが「のりしろ」
今のショッピングセンターには「すき間」がない。
パッケージ型といって、一度その中に誘い込んだら、
そのなかで買い物して帰りなさい
という造りになっていて、外との接触は一切ない。
それに対して「都市」とは「街」とはパッサージュ(街路)型であるべきで、
百貨店に寄り、専門店に寄り、小さな店にも立ち寄れる。
アーバンラビリンス(迷宮としての街)、
小さなすき間をとおしていろんなものに出会う。
パッケージ型になると、街の文化が衰退する、という。
たしかに大手流通資本の大型店に集約され、その資本の論理のもとに働く人ばかり、ということになれば世の中面白くない。
そこへいくと、商店街はすき間だらけで、のりしろだらけで、面白い。
(絶滅危惧種だけどね)
しかし、ものを買ってため込んで、いかに捨てるかがブームになっているが、もう時代も変わりその先には、銀座でもの買うよりも、居酒屋で知らない人と時をすごす、人とのつながりを重視する、こういう考えが出てきたという。
だったら商店街もチャンスはある。
静大生の中心市街地の活性化論文で、新・隣人祭り、社会関係資本を創り出すことこそがその鍵だとあったが、商店街の人がいかにそれに気づくかだと思います。
参考文献 無印ニッポン 堤清二・三浦展著 中公新書
おたがいさま 森まゆみ著 ポプラ社
2011年12月31日
2011年
ルームナンバー1111

なのだが、
泊まった日が11月11日

というわけで
新潟古町、東横インへ
2011年11月11日1111号室へ宿泊。
新潟では清水もつカレーが約1000食も販売できて、良きことの前兆でした。
来年になると使えなくなる小ネタで今年は締めます。
皆さん良いお年をお迎え下さい。
なのだが、
泊まった日が11月11日

というわけで
新潟古町、東横インへ
2011年11月11日1111号室へ宿泊。
新潟では清水もつカレーが約1000食も販売できて、良きことの前兆でした。
来年になると使えなくなる小ネタで今年は締めます。
皆さん良いお年をお迎え下さい。
2011年12月26日
熱海 住民発 地域みがきに学べ(オンたま)

熱海温泉玉手箱の実行委員長、市来広一郎さんの講演会を行います。
地域おこし、活性化。
住んでるところを住みやすくしたい、自分たちのできることで地域を元気にしたい。
こんなことを考えている人はぜひ聞いてほしい講演会です。
熱海といえば、単身世帯が40%を越え、人口はピーク時の3/4、老齢人口35%、2035年の日本と同等の高齢先進都市。
2003年1月県のエコマネーのパイロット地区の指定を受けた「熱海コミカレねっとわーく」の招きで話をしにいったことがあった。
助け合いが必要なまちだとわかるが、どうなったのだろうか。
その当時の資料では熱海市税の低収納率は4年連続ワースト1だとあり、また昭和43年(1968)ピーク時270軒の宿泊施設に観光客が610万人あったのが、平成13年(2001)には130軒312万人と半減、とある。
2008年9月、静岡新聞で「着地型観光 熱海市が企画 長時間滞在や回遊・周遊促進」を見つけ、アーバンツーリズムに興味があり切り抜いておいた。その仕掛け人は市来さんだった。
2009年県商業まちづくり室の「まちづくり現地研修」で清水地区での講師を務めた私は、熱海地区での講師市来さんの話を担当者に頼んで聞かせて貰った。(ちなみに清水でのもう一人の講師はグリーンバードの長谷部健さんだった)
そのとき聞いた言葉がパンフレットに書いた熱海の街に帰ってきたときの言葉。
「夜熱海のまちを歩いて、真っ暗だった。廃墟のようだった。何とかできないかと思った」だった。
そんな状況の中で、熱海は動き出したと思う。
市来さんによって。
ぜひ講演をお聞き下さい。
熱海温泉玉手箱体験記 路地裏・昭和レトロ散歩(1) 〃(2)
2011年12月24日
メリークリスマス
日経MJ新聞は誰でも読んではいないと思うので、
昨日の記事「メリークリスマス」を紹介したいと思う。
とってもいい話だから。
小澤征良 日経MJ(日経流通新聞)12月23日
Spirit of Givingなんて英語で言うけれど、何かを(気持ちでも、形あるものでも)他の人にあげること。
そうすると貰った人の歓びもいつか自分のところに戻ってくる。
自分の放ったいいエネルギーは、誰かを心地良い気持ちにさせて、その人もまたいい気持ちを誰かに分けてあげる。
そんなふうにいいエネルギーは巡り巡って、いろんなところで優しさや笑顔や笑い声を生む。
筆者の親友のカナダ人ヨガ教師が最後にいう言葉
「さぁ、深く呼吸をしてね。疲れた身体を休めてあげて。
地球の良いエネルギーを全部呼吸とともに取り込んでみて。
ね?気持ちいいでしょう?
自分が善きもので満たされたら、今日一日、
これからあなたの行き交うすべての人にそれを少しずつ分けてあげて。
そうやって、あなたの周りもどんどん気持ちよさと善きものに満ちていきますように」
ペイフォワードを思い出しました。
うけた厚意を与えてくれた人に返すのが「ペイバック」
「ペイフォワード」はうけた厚意を次に渡すこと。
厚意や善意の循環、優しさや笑顔や笑い声が、クリスマスやお正月に大きくおこりますように!
2011年12月23日
椅子の修理
椅子の修理が持ち込まれました。
今から30~40年前、飛騨の家具としてブームになった椅子です。
この椅子は「アッサム」という品名でブナ材無垢板を使用した、
キツツキマークがついた飛騨産業の商品でした。
無垢といっても板を接(は)いで作った座板ですので、接着剤の寿命がきて接合部分が離れてしまったものです。
「ハギがとぶ」という言い方をします。
これを接着し直し復元します。
圧着するために、道具を使います。
また、背中を支える両側の二本の支柱は、
くさびで固定してありますが緩んでいたため、
新たにくさびを薄板を削ってつくり固定します。
そして、外れていた背板を組み込んで終了です。
もともと、飛騨産業の椅子はパーツできて営業所で組み立てたものなので、
分解し修理が可能です。
先日も同じ飛騨産業のロッキングチェアが同じように「ハギがとんで」持ち込まれました。
これは「ネバダ」という商品名で、楢材を使用したいい商品でした。
40年近く使われた家具ですが、頻繁に触れる場所の塗装がはがれ、いい味わいを出しています。
経年変化を楽しむ、そんなことができる家具ですので、壊れた捨てる!
そう思う前にちょっと家具屋に相談下さい。
このブナ材が何年ものかわかりませんが、100年は使ってやりたいエコな椅子です。
2011年12月22日
気仙沼の蔵たち
気仙沼駅から海へ向かう。かなりの勾配で下っていて、地震も津波の被害も見当たらず嘘のようだ。
昔からの街道沿いに美しい蔵が見える。
保険事務所の看板が見える。
用途変更(リノベーション)したいい例だ。
この近くまで津波は来たが、破壊的な高さまでには至らなかった。
ただがれきの山で、道路は数日歩くこともできなかったそうだ。
港に近い商店街
まちの中心街の蔵、津波で洗われた部分の漆喰がはげ落ちている。
しかし、前部分には基礎しか残っておらず、左後ろに見える建物は津波でもがれて破壊されている。
こうしてみると蔵は、火災だけでなく津波にも強い、堅固な建物だということがわかる。
こちらは石蔵。
前にあった建物が破壊し尽くされ、一番裏(後ろ)にあった蔵だけが、ぽつんと生き残った。
しかしその屋根部分が壊れているのは、津波がそこを超える高さはゆうにあったということだ。
前の敷地は陥没のため水がはけず、緑のこけが生えている。
この二棟も、敷地奥にあり残ったもの。
前にあった建物は取り払われ、新しい基礎が打たれている。
こうしてみると、水運や海産物の集散地として栄えた気仙沼の繁栄が垣間見られる。
蔵のまち、といってもいいくらい多くの蔵がある。
このように災害に耐え、歴史の生き証人としてまちにある、存在している蔵は単に建物というには、
あまりにもいとおしい存在と言えないだろうか。
頑固だけど頼りになる親父、いい表情を見せる老父、堂々とした紳士、まちの顔役、
風雪に耐えた蔵たちは、
蒸気機関車を人間にたとえたように、私には生きて見える。
その土地土地、時代により異なる個性。
均質化なんていわせない、地域のDNAが蔵だと思う。
石巻の蔵もどうなったのだろうか。
風景が一変すると、つまり見慣れたふるさとの風景を失うと、人は情緒不安に陥るという。
蔵は残って、私たちを支える存在の一つでもある、と思うのです。
2011年12月20日
なんとかなる気仙沼
鉄火巻き日本一の座を10年以上にわたって競ってきた気仙沼。
今年の東日本大震災で多大な被害を受けた。
私たちの清水駅前銀座では、鉄火巻き日本一実行委員会を組織し、
気仙沼に早く復興を成し遂げてもらいたい、
きっとまた、鉄火巻き日本一を競えるような復興がされることを祈って、
あえて2年間休止していた「鉄火巻き日本一」を行うことになりました。
その打ち合わせに、気仙沼に行ってきました。
そこで見つけたのがこれ。

なんとかなる気仙沼
本当に膨大な被災を目の前にするとこの
なんとかなる
という言い方がよくわかる。
見かけ倒しのかけ声は、空虚に思える無力感を感じざるをえないからだ。
この酒屋さんは、2階の床が津波で持ち上げられた、といって
壁も壊れたまま、店奥の壁上部からは外が見えるという状況で営業している。


同じ商店街にあった老舗のうなぎ屋さん

こんな建物もどうなってしまうのだろうか。
本当に多くのものが目の前から消えてしまっている。

震災から9ヶ月、住む人がいない店や家は私有財産ということで手が付けられずに残されたままだ。
海辺にあった、気仙沼の主産業であった水産加工の工場群は見渡す限りの荒れ地となっていた。
今年の東日本大震災で多大な被害を受けた。
私たちの清水駅前銀座では、鉄火巻き日本一実行委員会を組織し、
気仙沼に早く復興を成し遂げてもらいたい、
きっとまた、鉄火巻き日本一を競えるような復興がされることを祈って、
あえて2年間休止していた「鉄火巻き日本一」を行うことになりました。
その打ち合わせに、気仙沼に行ってきました。
そこで見つけたのがこれ。
なんとかなる気仙沼
本当に膨大な被災を目の前にするとこの
なんとかなる
という言い方がよくわかる。
見かけ倒しのかけ声は、空虚に思える無力感を感じざるをえないからだ。
この酒屋さんは、2階の床が津波で持ち上げられた、といって
壁も壊れたまま、店奥の壁上部からは外が見えるという状況で営業している。
同じ商店街にあった老舗のうなぎ屋さん
こんな建物もどうなってしまうのだろうか。
本当に多くのものが目の前から消えてしまっている。
震災から9ヶ月、住む人がいない店や家は私有財産ということで手が付けられずに残されたままだ。
海辺にあった、気仙沼の主産業であった水産加工の工場群は見渡す限りの荒れ地となっていた。
2011年12月10日
清水おもしろマップまち歩き

清水おもしろマップまち歩き
22年度、市民、ご近所目線でつくられたマップをもとに、
今年度は、
まち歩きで、自分の街のまちおこしをしようという企画です。
1回目は、マップをもとに、自分なりの感性でまちを歩いてみよう
2回目は、熱海の住民主体でまち歩きや体験プログラムを実行している
熱海温泉玉手箱実行委員長の市来広一郎さんをお呼びしての講座
3回目は、こんな楽しい規格を作ってみようというモデルコース
おもしろ清水つまみ食いツアー
おもしろ清水探検隊と静岡市の共催事業です。
企画運営:NPOまちづくり考房SHIMIZU
ということで、実地調査や企画会議を行っています。
まちを歩くと、本当に楽しい発見がいっぱいあります。
参加してみませんか。
12月15日号の静岡市広報「静岡気分」に掲載されます。
パンフレットを大きく見る
2011年12月05日
町名の痕跡
まちあるきのための実地調査をしていると、駐車場にこんなものを見つけた。
古い万力だ。
つづいて悲しき、じゃなくて金敷(かなしき)
材料を乗せて、加工や鍛造をおこなう台。
金床(かなどこ)とも云うらしい。
そして、これもそれらしき鉄の塊
これは、蜂の巣と呼んでいたらしいが、
さまざまな形の穴に鉄棒状の材料を差し込んで、加工するときに使ったものだという。
そういえば、ここらは現在「江尻東」という名前になっているが、
以前は鋳物師町、鍛冶町という町名だった。
この家も今はクリーニング取次店になっているが、もともとは鍛冶屋さん。
そしてこのあたりは、今ではほとんど面影がないが、
私が子どものころは鉄工場がたくさんあった。
消えてしまった町名。
中世、武田信玄の江尻城下だった時代から続く職種の移転、消滅。
その痕跡を残すものが、こんなところに残っていた!
歴史遺産というと大げさだが、貴重な地域資源、お宝ではないだろうか。
まちあるきは、こんな発見があるから面白い。
2011年11月11日
新潟 ほっとCURRYカーニバル
新潟テレビ21主催の標記イベントに出かけてきます。
全国からのカレー出店が6店、新潟県内から15店。
鳥取20世紀梨カレーとか山形さくらんぼカレー、長野の黒部ダムカレーなど楽しそうなカレーが出店。
その中で「清水もつカレー」、どんなものでしょう。
清水もつカレー総研、全力を挙げて新潟へ清水のPR、発信をしてきます。
2011年11月09日
地球のカレンダー

「奇跡のリンゴ」の著者木村秋則さんの「すべては宇宙の采配」を読んだ。
そのなかで、地球のカレンダーの話が出てくる。
畑のなかで宇宙人のようなものを見た夜、幻想を見る。
ソクラテスのような格好の人に、手伝ってもらいたいことがあると云われ、
一畳くらいの板を移動する。
終わったあと、これはなにかとたずねると「地球のカレンダー」だという。
それで「これで全部終わり、あとはないのか?」と聞くと、
当たり前だと云わんばかりに「ありません」と云われる。
先日もテレビ番組でやっていた高度な暦を持っていたマヤ文明では2012年で暦が終わっているという。
これだけで終わりではなかった。
5年後
今度は自宅で寝ているとき、UFOに拉致される。
その船内に上から垂れ下がっている紙のようなものがあり、数字が書いてある。
なんなのかと尋ねると、地球のカレンダーだという。
「じゃあ、最後の数字の先はないのですか」
「ご覧の通り、最後の数字で終わりになります」
そしてそれは5年前幻想のなかで、ソクラテスのような人にいわれた数字と一致していた。
木村さんはマヤの暦ほどではないが、それほど遠くない未来だという。
さらに5年後テレビで「宇宙人に連れ去られた」という白人女性を見た。
それは、木村さんが拉致されたとき、一緒にUFOの船内にいた女性だったという。
木村秋則さんほどの突き抜けた経験をした人(宇宙人を見たというのではなく、無農薬、無肥料でのリンゴ栽培)がいうことは、うそとは思えない。
常人ではたどり着けない思想を自らの体験から得た人には、違う世界が見えるのだろう。
地球の最後の日、アセンションとかかしましくいわれているが、はたしてそれを経験する日が来るのだろうか。
2011年11月03日
北山孝雄講演会
大変面白かった。
ものを売ろうと思って経済効率を考えてつくる施設がつまらない、人を呼べない、ものを買わない。
中心街へ人を戻すことは可能か、どうすれば良いかという質問に
私も常々思い、云ってもいるのだが
物をうること以外にその場所が「楽しい」「面白い」 「美しい」「必要」「ためになる」「うれしい」「うきうきする」「安心する」「いやされれる」
だから行きたいという場所にしなければ中心街の復権はないだろう。
価値観は激変
ものをこれ以上消費するのは限界がある。20数年前、ものを買う社会ではなくなったのに世の中はまだ、経済成長路線の延長線上にある。
ずーっと足し算で来た。その結果、全てが過剰、東京では住んでいないマンションなど多い。
皆がお金を働かそうとすると同じようなものができてしまう。
コンビニだらけ、自動販売機だらけの商店街になってしまう。
お金を使わないで、周辺の人が家にいるよりいいなといって、歩いて来る、自転車、バス、自動車の順番でくる。
そんな考えでつくったのが亀戸サンストリート。
もうからない、物を売るのはやめよう。
誰もものを買わない。どんどん物を売る場所を作れば売れると思っている。
ものを売ろうと思って経済効率を考えてつくる施設がつまらない、人を呼べない、ものを買わない。
中心街へ人を戻すことは可能か、どうすれば良いかという質問に
戦略的に考えられた郊外ショッピングセンターや商業施設に対抗するのは無理。
物を売ろうとすることはやめた方がいい。そこで教えてもらうことがある、そこにいかなければできいないことがある、そういう場所に中心街をしていかなければ難しい。
私も常々思い、云ってもいるのだが
物をうること以外にその場所が「楽しい」「面白い」 「美しい」「必要」「ためになる」「うれしい」「うきうきする」「安心する」「いやされれる」
だから行きたいという場所にしなければ中心街の復権はないだろう。
2011年11月01日
船越保武
30日のNHK
「日曜美術館・やさしさ、静けさ、そして強さ~彫刻家 船越保武の世界~」
もともとは、この人の次男の船越桂さんの彫刻が好きだったのですが、
資生堂アートハウス(掛川)で父船越保武の作品を見てその美しさにいっぺんに好きになる。
夕日を浴びた展示室で一人この清楚で美しい彫像にみせられた。
いやしかし、県立美術館のプロムナードにもあったのだ。
何度も通っているはずなのに不覚!
薄い衣をまとった気品あふれる姿に魅了される。
聖なるものは美しい、と番組内で云っていたが、その通りのブロンズ像。
1962年 「杏」
「聖ベロニカ」
本当に美しい、生身のこんな人がいたら一瞬にして心臓が煮えたぎって(いやもう少し上品な表現がいいが)しまいそう。
それにしても、親子とはすごい。
富山県立美術館での船越桂作品
2011年10月29日
Postever

Posteverというアプリケーション(iphone用応用ソフト)がある。
これで、あったことをiphoneに記入すると、ノート(Evernote)に書き出してくれる。
通常は書くたびに違ったページ(note)に書き込まれるのだが、このPosteverを使うと、日付のみだしのページ(note)にまとめてくれる。
そして、書いた時刻を自動的に記録し、設定すればどこで書いたかの位置情報も書き込んでくれる。
写真も撮って貼り付けておける。
たとえば、旅行に出たとき、単に「今ここ」と入力すれば、いつ・どこにいたかを記録してくれるのだ。
今まで、紙の手帳の「一日一ページ」というリフィルにあったことを書いていたのだが、Posteverを使い始めてからは、書き込みは朝一番の時間に,Posteverで書き込んだEvernoteをみながら、昨日の行動を手帳に書き写す。
そのなかで、今日すべきこと、やらなければならないことを頭に入れる。
そしてさすがデジタル、検索がすばやい。
本日、掛川市のまちづくり塾の人たちが「地域通貨」の研修にやってきた。
はじめてコンタクトがあったのはいつだったかと聞かれ、検索にかけると10月6日に電話があったことが即座にわかる。
紙の手帳をめくっていたらこうはいかない。
とりあえずまめに入力しているので、紙のSD手帳だけだったときより記入事項が多くなった。
使い始めて1一ヶ月、なかなか調子いいです。
2011年10月26日
中止 藤家虹二クィンテットコンサート

日本スウィングジャズの重鎮
藤家虹二さんが24日亡くなられました。
静岡でもコンサートが11月19日行われる予定でしたが中止となります。
すみやプレイガイドでチケットをお求めになったかたは、
同所で払戻をするのでお越しくださいますようお願いします。
2011年10月24日
仏像鑑賞BRUTUS

11月1日号のBRUTUS「古美術研究旅行」
東京芸大のカリキュラムにあり、合宿;研究が行われる。
そのOBが追体験し語っている。
大いに共感したのが、仏像はそれ単体で存在しているのではないということ。
寺院自体が、巨大なインスタレーション(装置芸術・設置芸術)とでもいうべき宗教施設であり、仏像は浄土を表す空間のなかの核ではあるけれど、一部でありそれがすべてではない。
本来仏像は、軒の深い建築物のなかに差し込む柔らかい横からの自然光、またはわずかなお灯明の光で見るものであり、博物館の上からの人工照明で見るものではない。
それを制作した天才たちが感ずることのできる明かり、光のもとでつくられたものを平板でつまらなく見てはいないだろうか。
障壁画の金箔地なども、横からの自然光で見ればずっと明るく見えて描かれた図が浮き上がって立体的に見えるという。
確かに「時代の仏像を一堂に会し」といった博覧会、美術展は効率よく多くのものを見ることができるかもしれないが、果たしてそれが「見た」と言えるのだろうか。あるべき空間から切り離された仏様を見て。
豊かさ、本物というのは、そこにあるモノをいうのではなく、空間にある関係性をいうのではないだろうか。
2011年10月20日
コミュニティデザイン

不思議な縁で次々と私の目の前に現れたものがある。
それがこの「コミュニティデザイン 人がつながるしくみをつくる」
山崎亮
10月7日FACEBOOKで豊後高田の友達、大波多かをるさんの記事
山崎亮まちづくり講演会「コミュニティデザイン・人がつながるしくみをつくる」
10月9日(日)17時~18時30分 豊後高田市中央公民館 入場無料
ものすごく気になって、メモ。
そのときは「亮(りょう)」じゃなくて、「とおる」だと思っていた。
一昨日、ある方から気になるメールが来たといって、
その日のクローズアップ現代に山崎亮氏の活動が流されるという情報をもらう。
ネット検索すると、講演の標題の著書がある。
図書館検索ソフト「カーリル」で静岡の図書館が蔵書していることを知り予約!
山崎亮が見えてきた!
その日、しずチカのマルチスクリーンに「清水もつカレー」登場をみて、戸田書店にてNHKのテキスト本「仕事学のすすめ 都市計画家 西郷真理子 まちづくりマネジメントはこう行え」を購入。
そしてセノバ視察。
ジュンク堂書店にはいると、話題の本として
この「コミュニティデザイン 人つながるしくみをつくる」が目に飛び込んできた。
人とのつながりのしくみをつくる。
これは私の長年のテーマでもありました。
エコマネーで相互扶助を疑似通貨で行いコミュニティの再生を実感し、
隣人祭りで、新旧住民のコミュニケーションを図る試みをし
ブログ村でも、年代や地域性別職業を越えたコミュニティが生まれた。
それを、「つながりなおし」という言葉を使ったが、
ずばり「人とつながるしくみをつくる」
この本、読むのがもったいないくらい期待してます。
2011年10月15日
熱海温泉玉手箱Ⅱ
熱海温泉玉手箱(オンたま)路地裏・昭和レトロ散歩
スマートボールで一汗?かいて路地裏へ。
曲がる角のファミリーマート、上階を見上げると、見事に昭和レトロ。
もとはお土産物屋さんだったそうで納得。
谷崎潤一郎の家にフランス料理を作りにいったという料理店があったり、
ぶらぶら歩いて川に出ると、
ここから先の川向こうは、昔はこどもが行っちゃいけないところだったとの説明。
なるほど、よくみると昭和の遊郭の風情が建物から見て取れる。
温泉という土地柄上、大人の遊び場もあって当然。
ちょっとした街なら、どこにもあったはずだが、熱海では相当繁盛していたんだろう。
前から見るとわからないが、2階建てに見えてじつは3階がある。
上の3枚の写真の建物も3階建てなのだ。
昭和31年法律が施行されてからは、いわゆる赤線と呼ばれ摘発から逃れる工夫がされた。
その名残の建物たち。
これもレトロだ。このあたりの部屋を借りると1万6千円くらいとのこと。
旅館などで働く人は、寮であるとか住み込みということになるが、それがいやな人などが住むという。
そほか角の魚屋さんはいいとか、古くからのジャズ喫茶、川縁のさくらの眺めがいいといって、東京からその季節だけきて営業するスナックとか、まちなかをぶらぶらして最後に昭和27年開業し、83歳になるというマスターのお話を聞く。
それこそ熱海の栄枯盛衰を見てきたマスターの話は面白い。
http://www.ataminews.gr.jp/column/00.html
一緒に参加した人たちとも歓談。
コーヒーを頂いて、アンケートを書いて解散。
楽しかったです。
じつはその後私は、このオンたまの代表の市来広一郎さんへ講演依頼。
日時 2月4日(土)午後1時30分から3時30分
場所 江尻生涯学習交流館2階講義室
(静岡市清水区小芝町3-35)
聴講 無料
お役が終わった私は、アーケード街のすぐ下にある酒屋さんで熱海ビールを飲みながら、しばし女将さんと歓談。
土地の人と話すのは面白い。
アーバンツーリズム、可能性大だと思う。
清水にも「オンたま」を創り出したい。
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どうもいまひとつ・・・



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