清水もつカレー総研事務局・清水ブランド大作戦事務局
2011年08月12日
社説 商店街の担い手育成
本日の静岡新聞社説
「商店街の活性化 担い手の育成が必要だ」
(商店街の担い手になろうとする3人の現地マネージャーは)従来は商店主が本業の傍ら担ってきた仕事を専従で手掛け、「まちづくりのプロ」を目指す。これからの商店街に必要な人材だ。育成の成果に期待したい。
商店街の地盤沈下が止まらない。
商店は一貫して減り続け、「イベントを開催したくても手が回らない」
商店街は街区を「舞台」として地域に提供することで、一緒にまちを盛り上げる人を積極的に呼び込みたい。
こんな趣旨なのだが、
商店街の地盤沈下が止まらないのはなぜか、
商店街は必要なのか、なぜ必要か。
必要なのであれば、その必要とされることを強化し、市民の理解を得るイベント、事業を行い広く共感を得ること。
このそもそも論が、十分におこわなければ、単に賑わいを!と叫んだところで、誰も応援してはくれない。
かつて、農薬による生物環境破壊、開発による自然破壊、公害物質たれ流しの地球環境破壊。
高度成長に向かう時代には、だれも環境保護に耳を貸さなかった。
大手流通中央資本が、地方経済と文化、コミュニティの担い手である商店街を破壊し、その因果関係を証明するには農薬や公害物質ほどの証拠を示すことができないままに時代は進み、自殺、引きこもり、学級崩壊、いじめ、無差別殺人、孤独死、無縁社会化、地方文化の消滅、ファスト風土化し魅力も誇りも失っていく地方都市。
社会問題山積だ。
もうそろそろ、耳を貸してもいいのではないだろうか。
商店街はなぜ必要なのか、それは決してやる気のない商店主たちを助けることではない。
そういう人たちには退場願って、市民が運営する商店街(生活拠点街)へと移行する。
これくらいのビジョンを持たなければ、担い手となろうと志を持つ人たちをあたら見殺しにもしかねない。
高齢化し、組合員も減少した商店街で、
もう我々はできない、事業は縮小、かといって市民との連携はしない、やらない
といった引きこもり現象が見られる。(残念ながら人ごとではない)
中心街に土地建物を所有する商店主たちは、それを自分の持ちものだと思わず(実際土地はだれのものでもない、利用の権利を持つだけだ)、市民の共有物だと認識し、積極的にシェア(共同利用)する心構えが必要だ。
現地マネージャー修行中の清水区の一人は、現在わたくしのところで預かり、
私も「弟子ができた」とよろこんで机を並べて仕事している。
次の商店街、いやまちの担い手に育ってもらうよう、私も一緒に修行していこうと思う。
Posted by クールなお at 17:51│Comments(0)
│まちづくり